1007fudoh of 鈴鹿・美濃の山歩き

P8010065.JPG不動山

2010年7月31日(土)~8月1日(日)晴れ時々雨 不動山 奥美濃 沢登り
関ヶ原Nさん、Sさん、そばつる、Tsutomu

7月31日(土)
6:35 ホハレ峠 → 8:10~25 門入 → 9:25 蔵ケ谷出合 → 
蔵ケ谷テン泊地

8月1日(日)
6:10 テン泊地 → 6:30 中ノ谷出合 → 8:00 不動滝 → 
12:00  ~13:00 不動山山頂 → 13:45 不動山東ピーク → 
14:45 中ノ谷本流 → 17:15 中ノ谷出合 → 
17:45~18:15 テン泊地 → 18:50 蔵ケ谷出合 → 
20:10~30 門入 → 23:35 ホハレ峠 



P7310005.JPG

ホハレ峠からの道を歩いていく。きれいに普請されている。

P7310016.JPG

門入では農作業をしている人たちがいた。

P7310023.JPG

蔵ケ谷出合は小川のようになっていた。

P7310034.JPG

蔵ケ谷出合を奥に進んだところでテント設営。

P8010048.JPG

2日目、最初の大滝は右から巻いてあがった。

P8010053.JPG

二つ目は右の草つきをよじ登る。

P8010058.JPG

狭い谷の向こうは行き止まりのように見える。

P8010065.JPG

左岸岩壁にかかる不動滝。さすが奥美濃の名瀑。

P8010079.JPG

美しい渓相の中に滝が現れる。

P8010098.JPG

滝を直登。その向こうにも更に滝が…

P8010110.JPG

水が涸れて沢の斜度が増してきた。

P8010115.JPG

雨中で薮をこいでやっと三角点に到着。

P8010124.JPG

下山は安全策として中ノ谷側へ降りていった。

不動山はその東に位置する千回沢山と並び奥美濃のヤブ山の双璧をなす。以前からその登頂は難しかったが数年前に徳山ダムが完成しアプローチが難しくなり更に遠い山となった。
 今回、OSKの関ヶ原Nさんの声かけでその不動山に登ろうという事になった。僕としては長年その登頂を夢見ていた山でありNさんからの誘いに二つ返事で答えた。
 当初は赤谷側からタンドウ谷を遡行し沢泊して不動山に登る計画だった。しかし塚辺りで土砂崩れがあり9月まで通行止めで赤谷に入る事が難しい。そこで坂内のホハレ峠からアプローチをする事になった。
 ホハレ峠から門入まではかつての門入部落民達が自分たちで道を開いて行き来している。これを利用すれば1時間半ほどで門入に入れるという事だ。昨年、OSKのメンバーがこのルートを利用して門入に入りそこから励谷を経て不動山に登っている。実はこの時も誘いを受けていたのだが家の都合で参加できず残念な思いをした。その事もあって今回は是非とも登頂したい。

 一日目は早朝に車を乗り合わせて坂内の川上からホハレ峠に向かう。林道は舗装されているが細かい落石があり車の運転に気を使う。舗装が切れると間もなくでホハレ峠に到着。峠付近には数台の車が駐車されていた。週末に門入に入っている元部落民達のものだろうか。
 準備を整え出発。沢道具が入った一泊分のザックは結構重く肩に食い込む。
 林道沿いに地蔵がありその正面に林道から下っていく道がつけられている。降り口は急だがすぐ緩やかな下りとなり山腹をトラバースするように進んでいく。道はきれいに整備されていてへたな登山道よりずっと歩きやすい。ところどころ崩れているところもあるがそういったところは手が入れられており新たな道が作られたりしている。
 沢音が近づくと道は林道跡のようなところを通っていきやがて流れを徒渉すると立派な林道に出る。今でも現役のような林道だ。ここにはバイクやら軽トラやらが置かれている。恐らく元部落民達が門入に向かうのに使っているものだろう。
 林道を歩く事30分程で門入の部落に入る。西谷に架かる橋で休憩。見る限り生活の匂いのする家が数件あるようだ。みんなホハレ峠からの道を通っているのだろうか。
 入谷の林道へ向かう途中、農作業をしている方達がいた。結構広い農地をきれいに耕している。手間ひまがかかっていそうだ。頻繁に通っているのだろう。その方達の飼い犬が怪しげな4人組を見つけてしきりに吠え立てる。しかし飼い主は知らん顔だ。
 入谷の林道は以前千回沢山に来た時と雰囲気があまり変わっていなかった。前半は林道の体をなしているが途中から草が生い茂ってきてその中にある一本の踏み跡を辿っていく。今朝から時折降っている細かい雨で草が濡れておりそれが身体を濡らす。
 林道を1時間程歩くと蔵ケ谷出合に着く。林道から川原に降りると以前来た時と出合の状態が変わっていた。以前はダム湖があって対岸の山腹を巻いていかないと蔵ケ谷へ入れなかったがそのダム湖が土砂に埋まってなくなってしまいそこにできた小さな流れを渡るだけで蔵ケ谷へ入れるようになっていた。
 きれいな滑や滝に目を奪われながら蔵ケ谷を遡行していく。地形図の水線が折れ曲がっている辺りで幕営にもってこいの場所を見つけそこにテントを設営した。天候は次第によくなり自由時間を経て何時もの宴会モード。楽しく夜は更けていった。

 二日目の朝、前夜の宴会がきいたのか起床は予定よりも1時間遅くなりテントの外は既に明るくなっていた。そそくさと朝食と沢登りの準備をすませ余分な荷物をテントにデポして出発。谷間から空を見上げれば雲の合間に青空がのぞく。今日は好天が期待できそうだ。
 テン泊地からしばらくでうっかりすると見逃してしまいそうな中ノ谷の出合に出る。千回沢山に登った時はこの沢を単独で遡行していった。まだ沢をはじめて間もない頃だった。
 中ノ谷の出合からわずかに進むと二俣に出る。一見左が本流のように見えるがここは右に進んでいく。
 右俣に入ってわずかで6mほどの滝が現れる。直登は難しくNさんが左の草つきを巻こうとしたが上部が立っているとの事。右手を見ると樹木のある斜面。Nさんに「様子を見てきます」と言って登っていくと案外簡単に落ち口に立つ事ができた。後続も同じように続く。こういう場面でSさんがどうか心配だったが杞憂だった。
 続いて同じような規模の滝が現れる。見ると左手から巻いていけそうな雰囲気だったがNさんは右の草つきをよじ登っていく。後続はザイルで確保してもらい登った。足下が滑りやすくちょっとヒヤヒヤした登りだった。
 その後は穏やかな渓相となる。山腹の樹林が涼やかな感じだ。更に進んでいくと次第に谷が狭くなり両岸が切り立ってくる。その先を見ると壁があり沢がそこで行きどまっているように見える。しかし唐突に左岸山腹に大きな滝が現れた。どうやらこれが奥美濃の名瀑「不動滝」のようだ。30mはあろうかと思われる岩肌を豪快に落ちる様は名瀑の名に違わない。しばらくうっとりと見とれる。
 さて問題はこの滝をどう巻くか。Nさんは滝を越えたところの草つきを登りはじめた。よく見ると踏み分けのようなものがある。獣道だろうか。それを追って進む。
 最初緩やかだった斜面も次第に斜度を増し草つきを終えると木々を掴んで身体をもち上げる状態となった。その木々もこちらに都合良くは立っておらず、場所に寄ってはエイヤっと飛びつくようにして渡る。もし木を掴むのに失敗し転げてしまえばどこまでこの斜面を落ちていく事やら見当もつかない。緊張の登りが続く。
 やがて尾根筋に出ると降りる沢は以外と近かった。それでも僕ならロープを出して降りるところだがNさんは細木を伝って器用に降りていった。後続もこれに従う。自分がトップではこんな真似はできない。
 最大の難関と思われたところを登り終えほっと息をつく。滝上は美しいノドになっていた。
 緊張から解き放たれて細い谷を進んでいく。美しい渓相に心が癒される。と思っていたのもつかの間、今度は8m程の滝が現れた。これは左手の草つきを登っていく。しかし上部で岩肌となりロープで確保してもらった。
 その後は滑があったり支沢にきれいな滝があったりして目を楽しませてくれる。もう流石に滝はないよなあとのんびり話しているとその期待を裏切るようにまた滝が立ちはだかった。しかも今度は二俣の両方が滝になっているという塩梅だ。左俣が14、5mはあろうかという斜瀑。右俣は6m程の滝。進むのは右俣だ。
 Nさんは右手の草つきから巻こうと登りはじめたが手強そうで結局滝を登る事となった。手がかり、足がかりがあり登りやすそうな雰囲気だ。それでも僕らは確保してもらって登った。登った先はゴルジュになっていてなんとその先に同じような規模の垂瀑が…。左右は岩壁で巻けそうにない。行くなら滝の左側の壁をよじ登るしかない。Nさんはそこをフリーで登っていく。流石だ。登り終えた後「今日は久し振りに緊張してる」と言っていた。「もう滝は勘弁してほしい」とも。
 Nさんの願いが聞き入れられたのかその後滝は現れず沢も水も細くなっていく。しかし斜度が徐々に増していき滝でもないのによじ登る感じになってきた。結構きつい。ここに来てSさんの足取りがちょっと重くなってきた。でもそれも当たり前だろう。男性と一緒にこの沢をここまで登ってきたのだから。根をあげなかったのが不思議なくらいだ。
 源頭部になるとヤブが被り始める。途中からは本格的なヤブコギとなり息が切れる。振り返ればヤブ越しに蕎麦粒山が見える。その上にたれ込めている雲が今にも落ちてきそうだ。
 そばつるがめずらしくヤブの中を先行している。随分先を歩いているらしく声かけしてもなかなか追いつけない。その内、雨が笹の葉を打ち出した。「今日は晴れるんじゃなかったのか」そばつるのうめきが聞こえてきそうだ。
 ヤブを漕いでヤブの稜線に出る。GPSを持っていたのでもっとピンポイントで山頂に出たかったがなかなかうまくいかない。かなり東の方に出たようでそこから更にヤブを漕いで山頂を目指す。
 濃密な笹薮を漕いで山頂と思わしき笹原に出る。GPSで確認してもこの辺りが三角点ピークのはずなのだが肝心の三角点が見るからない。みんなで手分けして探したがなかなか見つからない。Nさんは「誰かが持っていったか」などと言っている。いいかげん探すのも嫌になりかけた頃「あった、あった」のSさんの声。みんながどうっとそこに集まって「やったー」と歓喜の声。Sさんのかけ声で万歳三唱。その後、三角点を取り囲むようにして笹原につかれた腰を下ろす。不動山は僕もそばつるもSさんも初めて。念願の山の肌触りを味わうかのように笹原に腰を沈め登頂の余韻に浸った。何時しか雨も上がりわずかだが青空がのぞいていた。
 下山は当初ピストンの予定だったが登ってきた様子から危険が多く時間がかかる。それを考えれば中ノ谷に降りた方がいいのではないかという結論になった。中ノ谷に降りるにはヤブの尾根をしばらく漕がなければならないが安全面を考えればその方がましだろう。
 この山行ではじめてトップをとらせてもらってヤブを漕いでいく。なんでこんなところでトップなんだと思うがなんだか張り切ってしまう。ちょっと立ち止まると、今登ってきた不動山のピークやら高丸、烏帽子といった山並みが見える。下を見ると今朝登って来た沢筋が確認できる。
 ヤブは濃密な笹と灌木のミックスでかなりきつい。降下予定場所の東ピークに着いた頃にはへろへろでもうトップは歩きたくないと思っていた。
 東ピークから真っすぐ東へ向かい東斜面を中ノ谷へ向かって下っていく。正面には千回沢山が樹間に見える。いつしかまたあの山を訪れる事があるのだろうか。
 やがて沢筋にのった。以外と歩きやすい沢でまるで登山道のようだ。心配した滝は結局本流に合わさるまでなかった。このルートにして正解だった。
 中ノ谷本流は千回沢山に登ったときの記憶でそれほど下るのに問題はないだろうと思っていたがその通りだった。ロープを出したのも一ヶ所だけだった。ただ沢を下るのは思っている以上に負担がかかる。次第に歩みが遅くなっていくのが分かる。
 この谷ってこんな感じだったかなあと周りを見ながら降りていく。記憶と随分印象が違う。もっとさっぱりした沢だと思っていたがなかなか濃密な雰囲気だ。
 やがて10m二条滝の上と思しき場所に出る。Nさんから「これか?」って聞かれるがなんだか雰囲気が違うような。でも10m滝なら右岸側に巻き道があるはず。そちらに進んでみるとわずかな踏み跡があった。
 やっとの事で蔵ケ谷へ出てテントを回収。そそくさとテン泊地を出発したがどうみてもホハレ峠に着くのは深夜になりそうだ。
 入谷の林道途中でヘッドランプを灯した。門入につく頃はもう夜の8時だった。数軒の家に明かりが点いておりその明かりにホッとする。西谷を渡る橋で休憩。ヘッドランプの明かりで靴を履き替える。
 橋を渡ったところの家でそばつるとSさんが電話を借りて心配しているであろう自宅に電話をする。今や隔絶された感のある門入に電話がある事が驚きだった。それにもましてこんな怪しげな人間達に電話を貸してくださった親切に驚きと感謝の念が絶えない。ありがとうございました。
 さて最後の難関は門入からホハレ峠までの上り道だ。沢歩きで濡れて重量を増した荷物は否応無しに肩に食い込む。ザックを担ぎ直したりしてなんとか痛みを和らげようと試みるがうまくいかない。足もいい加減疲れてきていて一歩一歩が重い。みんな黙々と歩く。休憩時間がなんと待ち遠しい事か。
 沢音が聞こえるうちはまだまだ峠は遠い。その沢音はいつまでたっても消えない。見上げればきれいな星空が広がっているがそれを楽しむような余裕はない。
 いつしか沢音が消えていた。上部まで来た証だ。しかし疲労困憊。Sさんはよくがんばったが流石に疲れは隠せない。何度かめの休憩をとる。
「ここで寝てしまいたいくらいですね」
「私ここで寝ていく」
こんな会話が始まる。でも実際泊まっていくわけにはいかない。Nさんが「じゃあ、後少しがんばるぞ」と立って歩き始める。やれやれと思って僕も重い荷物を担ぎ上げ歩こうとしたその時、「おおい!着いたぞ!」とNさんの叫び声。なんと休憩したそのすぐ上がホハレ峠の林道だったのだ。
 みんな「よかった、よかった」と歓喜に沸き上がる。苦労して難しい山を登頂した時のような喜びがみんなを包んだ。それとともにそれまでの疲れが不思議に消えていた。


1007fudoh.gif

ページの先頭へ

inserted by FC2 system