上平寺から藤古川の林道に車を乗り入れる。途中から歩き。
目的の弥高山直登谷は見るからにヤブ谷。気合いを入れていきましょうか。
途中に見つけた石組み。ワサビ田の跡だろうか。
上部の二俣は左へ。つめると薮に突入。
山頂から登ってきた谷を見下ろす。
弥高寺跡。広々とした敷地にはどんな寺院が建っていたことやら。
行者の谷にある石室。何が納められているのだろう。
上平寺本丸跡を横切って東側の尾根を下っていく。
目覚めれば雨。
誘われていた沢登りは早々に中止の連絡。
しかし昼近くになれば晴れる予感がする。
天気予報もそう告げている。
案の定、時間が経つにつれ雲があがってきた。
山に行こう。
今から行くなら短い沢がいい。
どこかあるか。
鈴鹿、三国岳の北谷なんか行った事なくて気になる。
しかしなんだか伊吹山の南尾根上の弥高山に行きたい。
そこからわずか南にある弥高寺跡を訪れたい。
地形図上、藤古川から弥高山に直登する沢を辿ってみよう。
上平寺から藤古川の林道を行けるところまで車で入る。
もうこの先は車で入れそうにないところの広場に駐車。
準備をして更に林道を奥に進んでいく。
橋を右岸に渡ってわずかで弥高山直登沢に出合う。
沢は見るからにヤブ沢。
こんなところをこんな日に登るのはよほど物好きだ。
過去に登った人がいるのだろうか。
多いかぶさるヤブをかき分けながら登っていく。
流れは細くほぼガレた感じの沢だ。
少し登ると幾分かぶさるヤブが薄れ歩きやすくなる。
振り向けば伊吹山ドライブウェイが半分ガスに隠れて見える。
中間部あたりで人工の石積みが現れた。
昔の堰堤の名残か、それともワサビ田でもあったのか。
上部では沢は徐々に広く明るくなる。
二俣を左にとり進むと再びヤブが覆うようになる。
ヤブをかいくぐりながら斜度をました沢を進んでいく。
足下は滑りやすく気が抜けない。
やがて沢は溝ほどになりかなりの急斜面となる。
そこをよじ登っていき沢が切れたところから左手側の小尾根にあがる。
そこは猛烈なヤブ。
葉についた露に全身を濡らしながらヤブを進んでいく。
どこに出るかと思ったらやがて上平寺からの登山道に出た。
もう少し山頂近くに出ると思ったがちょっと左にふりすぎたようだ。
笹に埋もれかけた登山道を歩く事わずかで山頂。
以前来た時よりも笹が高い感じだ。
三角点があるはずで探してみたが見つからない。
以前も探したが見つからなかった。
いったいどこにあるのだろう。
沢装束を解き弥高寺跡に向かう。
しかしはっきりした踏み跡があったはずだが見つからない。
これはおかしいとうろうろしたが諦めて適当に笹薮の中を下った。
南に下りる緩やかな尾根を進むと下部で踏み跡に出会う。
辿るとわずかで弥高寺跡だった。
弥高寺は何時の頃まで建っていたのだろうか。
その遺構を見る限りかなりの規模の寺院だったようだ。
本堂ばかりでなくその周りを取り巻くような僧坊跡もあり想像が膨らむ。
寺跡からは左手に美濃、右手に近江盆地を見渡せる。
正面には伊勢湾がのぞめその左右に養老山脈と鈴鹿山脈。
なかなかの眺めだ。
この寺は京極氏の遺構という事だがここからはその勢力範囲が一望できたのだ。
その栄華はいかばかりだったのだろうか。
想像しようとして頭に浮かんでは霞のように消える。
礎石のひとつだったのか、大きな石がありそこに腰をおろして休憩。
吹き付ける風が強く濡れた身体には少し寒い。
空は晴れてきて日差しがあるのが救いだ。
そんな中でビールを飲みながら往時に思いをはせる。
休憩後は上平寺城跡に向かった。
トラバース道の途中には行者谷というところがある。
そこには鍵のかけられた石扉のある横穴がある。
中には何が納められているのだろうか。
少し不気味な雰囲気だ。
上平寺城跡は以前より草むらが少なくなった感じだ。
ここで荷物を広げてくつろぐのも悪くない。
そう思いつつそこを横切って東側の尾根へ下った。
この尾根はヤブの急尾根で慎重に下りる。
足下は滑りやすく気をつけないとこけて怪我しそうだ。
途中小尾根に迷い込んだがトラバースして本来の尾根に復帰。
下部では植林の急斜面となってそこを下ると藤古川の林道に立つことができた。
空はますます晴れ渡り5月の最終日をさわやかに彩っていた。